震えた。

息を忘れた。

固唾をのんだ。
風呂上りに、今日の猛烈な残暑から生き返るべく扇風機の元、涼んでいた。
新聞を片目に見ながら、テレビを見て釘付けになった。
歌舞伎役者の
市川春猿さんが、芥川龍之介の 「地獄変」 を朗読していた。
この名作と言うか、怖ろしい物語を、見事なまでに演じきっていた。

歌舞伎役者の凄みと言うか、奥の深さというか、表現力の豊かさに吸い込まれた。
おどろおどろしくも、妖しく、美しい物語。
あの、ゴールデンタイムに大丈夫かと言うようなおぞましい物語。
臨場感を盛り上げる影絵のような映像。
抑えた音響効果。
時に抜く出演者の真剣な表情。
しかし、芥川の巧みな物語の運びも、番組の怖ろしさを盛り上げる演出も、今日の 春猿 さんには遠く及ばない。
まさに琵琶法師の謡を聞く様だった。

一幕の歌舞伎を見た様だった。

銀幕に映える1作の映画を見た様だ。
残暑厳しい夜に、一陣の風が吹いたような瞬間だった。